最高裁判所第二小法廷 昭和36年(オ)340号 判決 1962年7月13日
判 決
東京都豊島区椎名町四丁目四〇九七番地
上告人
吉田吉三郎
右訴訟代理人弁護士
服部喜一郎
福島県田村郡大越町大字上大越字元池一二二番地
被上告人
橋本義顕
右訴訟代理人弁護士
大堀勇
右当事者間の供託無効並びに不動産所有権確認請求事件について、仙台高等裁判所が昭和三五年一二月五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原判決を破棄する。
本件を仙台高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人服部喜一郎の上告理由について。
按ずるに、原判決は、上告人が本件債務の弁済期限前の昭和三一年六月二九日元利金三六四、五〇〇円を供託したことならびに上告人の右供託金取戻請求権が昭和三三年一〇月二五日頃までに転付命令により上告人の他の債権者に全部転付されたことの当事者間に争いのない事実から、前記供託がかりに弁済の効力を生じうる有効なものであつたとしても、右転付の結果供託はこれをしなかつたものとみなされ弁済の効力を失つたものといわなければならず、したがつて前記供託は本件不動産に対する被上告人の所有権自体には特別影響を及ぼすものではないと判断している。しかし、供託金取戻請求権が供託者の他の債権者に転付されたとしても、そのことだけでは被供託者の供託金還付請求権にはなんら消長を来すものでなく、したがつてまた供託の効力が失われるものではない。されば、原判決が前記のように本件弁済供託金の取戻請求権が他の債権者に転付された事実のみを確定し、そのことから直ちに弁済の効力がなくなつたものと判断したことは、法令の解釈適用を誤つたものであり、その結果審理不尽ないし理由不備の違法があるというべきで、この点に関する上告人の上告はその理由あり、従つて他の上告理由についての判断をまつまでもなく原判決は破棄を免れない。そして、本件は、前記の点につきなお審理判断の要があるから、原裁判所に差し戻すことを相当とする。
よつて、民訴四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第二小法廷
裁判官 池 田 克
裁判官 河 村 大 助
裁判官 奥 野 健 一
裁判官 山田作之助
裁判長裁判官藤田八郎は出張につき署名押印することができない。
裁判官 池 田 克
上告代理人服部喜一郎の上告理由
一、前審判決は判決に影響を及すこと明なる法令の解釈に違背あり
前審に於ける上告人の控訴理由は左の如し
供託物取戻請求権を他の債権者が転付を受け得るは弁済者即ち供託者が該供託物を取戻し得る状態にあることを必要とするものなり、民法第四九六条第一項には債権者が供託物を受諾せず又は供託を有効と宣告したる判決が確定せざる間は供託物を取戻すことを得、此の場合に於ては供託を為さざりしものと看做すとあれば債権者が未だ供託物を受諾せず又は供託を有効なりと宣告したる判決が確定せざる間は他の債権者は供託物取戻請求権を差押及転付することを得るものなり
然れども同法同条第二項には前項の規定は供託により質権又は抵当権が消滅したる場合には之れを適用せずと規定せらる
今之れを本件に付て考究するに上告人は被上告人より昭和二十八年と同二十九年の二回に合せて金三十万円也を借入れその元利金支払の担保として上告人所有の本件不動産を売渡担保に供し所有権の移転登記を為せるものなり、売渡担保なりと雖も債務の支払を担保するものなる点に於ては右第二項に掲くる質権及抵当権と其の性質全く同一にして、その間何等の差違あるものにあらず質権及抵当権はその被担保債権が供託によりて弁済せらるれば消滅するが如く売渡担保権(売渡抵当権とも称す)も又被担保債権に対して弁済供託あれば消滅するものなり
何故に第二項に質権抵当権をのみ列挙して売渡担保権を除外せしや
思うに決して除外せしにあらずして売渡担保権は売渡抵当権とも称し抵当権の一種なれば別に記入する必要なければなり、少なくとも右述の如く、その性質同一なる以上第二の類推解釈上売渡担保も抵当権と同様に解釈して取扱うべきものなり
昭昭三十一年六月二十九日上告人が金三十六万四千五百円也を供託せる限り之れと同時に本件不動産上の被上告人の売渡担保権は消滅に帰し本件不動産の所有権は完全に上告人に帰属せるものなれば供託物の還付を受け得る権利も消滅し他の債権者等が転付を受け得ざるに至れるものなり
然るにも拘らず本件に於て他の債権者が転付を受けたるは不適法なり
というにあり
二、右の所論に対し前審判決は
売渡担保は債権の担保的作用の面に於ては質権抵当権と類似するところがあるとしてもこれを質権抵当権と同様右条項に包含させることに付ては未だこれを首肯するに足る十分な根拠を見出し難いから売渡担保の場合に右条項の適用があるものと解し難いとて上告人の主張を排斥せり
右の如く前審判決は上告人の主張を退けたれども排斥の理由頗る微温的にして只その根拠十分ならずというに過ぎず、上告人の主張を半肯定し居るものなり(此の条項に関する御庁の判例見当らず)
三、右第二項の解釈を上告人主張の如く解釈せざれば左記の如き不合理なる結果を招来するに至る
(イ) 本件供託は福島地方裁判所郡山支部昭和三〇年(ワ)第一〇〇号原告(上告人)被告(被上告人)間の不動産所有権移転登記請求事件に於て上告人勝訴し「昭和三十一年六月三十日迄に金三十万円也及之れに対する同日迄の利息を支払いたるときは被上告人は本件不動産につき上告人に、その所有権の移転登記手続をせよ」との判決に基いて為したるものなり、而して被上告人は該判決に対して控訴(仙台高等裁判所昭和三十一年(ネ)第二七七号)及上告(昭和三三年(オ)第五八八号)を為したれども何れも敗訴し昭和三十五年九月十五日確定せるものなり
然るに被上告人は徒らなる控訴を為して供託金の還付を受けずそのままに附し置きたる結果即ち被人告人の怠漫過失の為めに他の債権者より転付を受くるに至れるものなり
(ロ) 御庁昭和三三年(オ)第五八八号(昭和三五年九月一五日言渡)判決理由の「同二、三に付て」の項第四行目に記載せらるる如く「右供託によりて本件不動産の所有権は完全に被上告人に移転したものというべく」即ち民法第四九六条第二項には売渡抵当をも包含するものなれば供託によりて売渡抵当権が消滅し所有権が弁済者たる債務者に帰属せる以上他の債権者が供託物還付請求権を差押転付等を為し得ざるものなりと解釈せざれば一旦完全なる所有権を取得せる上告人の不動産の所有権が剥奪せらるる結果となる
(ハ) 前記福島地方裁判所郡山支部昭和三〇年(ワ)第一〇〇号の判決は昭和三十一年六月三十日迄に元利金を支払ふべしとの言渡なれば折角それに従いて同日迄に供託せるものなれども其の後他の債権者より転付を受けたる為に供託無効となりたりとすれば改めて供託するも右昭和三十年六月三十日後の供託なれば判決の要旨に添わず被上告人に対して本件不動産の所有権移転の請求不可能となる
(ニ) 供託物の取戻権が消滅すれば該取戻権の差押転付等を為し得ざること勿論なれども取戻権が消滅するは本案判決が供託者に有利に確定するか又は供託有効確認判決が確定する時なるべし右何れの場合に於ても、その時機に達する迄には相当の長期間を要すべし、弁済者たる供託者に於て他に債務を有せざるは兎も角然らざる限りに於ては其の期間内に他の債権者より差押及転付を受くるの危険なしとせず斯くては判決に従いて供託せる該供託が水泡に帰し判決の権威を失墜するに至る
故に前審判決は判決に影響を及すこと明白なる法令の解釈を誤れるものなり
以上